Energy and Heat
Carnot engine
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ミニ科学史

pV図は気体に外力がなす仕事-pdVを考える上で便利なことは皆さんもご存じでしょう。だから理論の道具だと考えがちですね。しかし、ワット以後の蒸気機関を操作する技術者たちは、エンジンの状態を知るために、圧力のインジケーターの値をカードの縦軸に記録し、横軸をピストンに連動させて気体の体積を記録させていました。そのカードに描かれた図はまさしく本当のpV図です。熱力学の理論の勉強で辟易した諸君も、特にこの図が用いられるもう一つの理由がわかったでありましょう。

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熱を仕事に変えることは古くは紀元1世紀ギリシャ時代ヘロンに遡りますが,実用されるような物が作られたのは17世紀末のイギリス,セイバリーによるものです.それは蒸気を冷やして真空を作り水を吸い上げる装置でした.

さて,セイバリーが火力エンジンの工場を作ってから10年後の1712年に,ニューコメンは,初めてシリンダーとピストンを動かす蒸気機関を作りました.彼はフックの法則で有名なフックの友人で,技術者であると同時に鉄器商であり,牧師でもあったそうです.


この絵が,そのニューコメンによって作られたの蒸気機関の模型です.仕組みを見てみましょうか.丸いのはボイラーで,ここで水を沸騰させて,蒸気を上のシリンダーの中にいれます.次に水を噴射して,蒸気を水にかえ真空を作ります.そうするとピストンにかかる力は,その上の大気圧だけで,その力で下がります.こうして向こう側のポンプの芯棒は持ち上げられ水をくみ上げるのに使われます.これがエンジンのなす仕事です.それが終われば,シリンダーに再び蒸気を中に入れ作業を繰り返します.当時の最初のエンジンは,直径53センチ長さ2.5mのシリンダーで,一分間に12回往復し,55mの深さから毎分約200リットルの水をくみ上げたといいます.

このエンジンは数多く普及し,地下水で廃坑になっていた炭鉱を次々に復活させて,イギリスの産業は発展をいたします.このころはまだ,熱素説を唱えたブラック以前,つまり潜熱も知られていない時代で,熱力学成立の100年以上まえです.また,ニュートン力学による工学も未発達で,技術者たちは試行錯誤でエンジンを作っており,このニューコメンの蒸気機関が成功したのも偶然の要素がありました.そして随分と石炭を燃やさないと動かなかったようです.

1763年ワットは,ニューコメンのエンジンの縮小模型の修理を依頼されました.ワットは前回ご紹介したブラックのいたグラスゴー大学のエンジニアでありました.ワットはニューコメンのエンジンを大きく言って次の2点を改良しました.第一に,エンジンの1サイクルごとに,シリンダーを蒸気で暖め,次に水で冷やしている,これは熱が仕事に使われることなく無駄になっている,ということに気付きました.特にエンジンを小さくすると,シリンダーの体積に比して,シリンダーを包む面積が増えて金属の割合が増えるから,余分に効率が悪いと判断しました.そこでワットの作った蒸気機関では,シリンダーとは別に蒸気を水に戻す復水器を横に作りました.こうしてシリンダーは常に高温に保てるようになりました.第二番目は,大気圧ではなく蒸気の力で,ピストンを押し下げる工夫をしたことです.その結果,強い力をえられるようになりました.

ワットの蒸気機関の効率の良さは画期的でした.これを可能にしたのも,ひとつにブラックのそばにいて当時の一流の科学を吸収できたことがあります.この点はフックの友人であったニューコメンも同様でした.ワットを特別にしたのは,ワットの態度が,圧力を測定するインジケーターをつけて圧力を測定したり,潜熱などの計算を行なうなど,試行錯誤の段階から抜け出て,極めて科学的であったことです.テクノロジーのブレークスルーの背後にサイエンスがあったということです.

ワットのエンジンは,工夫によって回転運動に連結しポンプとしてだけでなく,紡績,圧延,製粉工場などの動力となりました.こうしてワットを経てエンジンはますます発展し,イギリスの産業は発展いたします.1804年トレビシックの蒸気機関車が作られ,蒸気機関が交通に用いられるようになってゆきます.このようにして化石燃料大量消費時代が幕開けします.