ケルビン問題

Cell Crystals: Kelvin's Polyhedra in Block Copolymer Melts
Tomonari Dotera, Phys. Rev. Lett. 82 (1999), pp.105-108.

フーリエ解析を駆使した最初の数理物理学者であり,ウィリアム・トムソンの名で熱力学法則を確立したケルビン卿が1887年にケルビン問題とよばれることになる問題を提起した.問題は「等体積のしゃぼん玉を詰めて空間分割するとき,どんな並べ方をすればシャボン膜の面積が最小になるか」という問題である.

 2次元ならば蜂の巣状に並べれば最も経済的な分割ができる.シャボン膜が120°で交わると面積が極小化するからである.しかし3次元空間での解答は難しい.ケルビンの与えた解は,6角形8枚と4角形6枚からなる14面体,すなわち体心立方格子のボロノイセルを基本にしたケルビン多面体である.百年余りケルビン多面体は最小解として君臨したが,実際のしゃぼん泡には5角形を面に持つ多面体が多く観察され,5角形を持たないケルビン多面体はほとんど発見されない.

 1994年ダブリンのトリニティ・カレッジのWeairらは,A15(βタングステン)構造を用いると膜面積がケルビン多面体より小さくなることを見出した.この構造は5角形を面に持つ12面体と14面体,2種類の多面体から構成される.これを以って,無敵を誇ったケルビン多面体への信仰が揺らぎ,自然界に実現する可能性が消えたかに見えた.しかし,ケルビンの想像もしなかった高分子系でケルビン多面体が発見される可能性がある.

The Kelvin problem
Cell division is a fundamental geometric problem in various phenomena: bubble forms, biological cells, metal crystallites. In the history of the investigations, the Kelvin's minimal tetrakaidecahedron has occupied a central position, because it had been considered as the best solution of the following problem: What arrangement of cells of equal volume minimizes the total surface area of the cell walls? After more than a hundred years, this age-old solution was defeated by Weaire and Phelan (1994, Trinity colledge, Dublin) : They showed that the Kelvin's tetrakaidecahedron was not minimal. We intend to revive the Kelvin's polyhedra in a different system having the same physical driving force, namely, minimizing surface area.



ミニ科学史

熱と統計の物理学では多数の物理学者が登場する.外国名に慣れない初学者にはいささか多すぎる.とりわけ,トムソンの原理のウィリアム・トムソン(1824〜1907)はややこしい.またの名前をケルビン卿と言うからである.*

 ケルビン卿は10歳にしてグラスゴウ大学に入学し,17歳でケンブリッジ大学入学,さらにフランス留学を経たのち,22歳でグラスゴウ大の教授になり,そこで生涯を過ごす.

 フーリエ解析を物理学に広範に応用した最初の数理物理学者と言え,その技術的応用への関心も極めて強かった.フーリエ解析を用いた調和解析機,潮汐予測機,コンパス,反照検流計,大西洋海底電信などがよく知られている.34歳で大西洋の電信の功績でナイトの称号を受けサー・ウィリアム・トムソンとなった.晩年の1892年男爵となり,ケーブル卿,コンパス卿という案もあったが,グラスゴウを流れるケルビン川の名をとってケルビン卿となった.同時代には第二のニュートンと評価されるような世俗的成功を収めた.発明による70件の特許による収入も大きかったという.

 ケルビン卿のケーブル敷設を手伝い,その後の日本での地震研究とヒステリシス研究で有名なお雇外人ユーイングがいる.ユーイングに物理を教わった田中館愛橘もケルビン卿のもとに留学するなど,ケルビン卿は創設期の日本の物理学にも貢献している.

 熱力学においては,ジュールの実験を高く評価し,カルノーの仕事をまとめ,クラウジウスとともに熱力学法則を確立したとして知られている.ジュール・トムソン効果の発見などの仕事もある.ケルビンが絶対温度の単位になっていることは言うまでもない.

 また,地下は熱く地表から熱が逃げている事実から,高温であった地球が冷えて現在の地球になったと仮定して,熱伝導方程式を用いて地球の年齢を1億年と推定した.これでは生物の進化には足りず,ダーウィンの種の起源(第5版)では「これまで直面した最悪のもので」と推定年齢の短さに戸惑いが記されている.しかし,後にラザフォードが述べたように,ケルビン卿の計算は,地球に他の熱源(放射性元素の崩壊)による発熱がないとしたとき,正しい計算であった.

* ビクトリア朝時代には,トムソン,サー・ウィリアム・トムソン,ケルビン卿の3人の偉大な科学者がいるような印象を与えたという.図書館で調べよという課題を出すと,うっかり者の学生は W.トムソンを調べるつもりで,電子を発見したJ.J.トムソンを調べてくることがある.この二人は無関係であるが,電子の波動性を発見したG.P.トムソンはJ.J.の息子である.この親子はノーベル賞を受賞している.