『きりんのまだら』書評 −「キリンのまだら」の逆襲


堂寺知成

数学セミナー 2004年9月号 数セミブック・プラザ

「キリンのまだら」とは洒落た書名である。本書は、例えば朝永振一郎の「スピンはめぐる」、熊谷寛夫の「実験に生きる」、ロゲルギスト「物理の散歩道」といった名著があった自然選書の一冊として1975年中央公論社より刊行された書籍で、2003年早川書房から「数理を愉しむ」シリーズとして復刊、文庫化された。
   著者の平田森三は随筆でも著名な物理学者・寺田寅彦の弟子であり、この書の前半でも生物の模様やガラスの割れ目模様などの寺田物理学が語られる。寺田物理学とは寺田の始めた身近な自然現象を対象とした科学である。しかし、単純さを追い求めた素粒子・原子核物理学が物理学の本流だった20世紀前半、寺田物理学は傍流に追いやられていた。20世紀末から数理科学分野でも複雑多様な科学が耳目を集め、寺田物理学は復権しつつあるようだ。
   編集者の復刊への配慮はうれしい。解説が二重だからである。年配者には原著での平田の弟子、兵藤申一の解説「平田先生の足跡」が懐かしく、一方で復刊での近藤滋の解説はきわめて現代的である。近藤はタテジマキンチャクダイなどの動物の縞模様がチューリング理論(反応拡散波)で説明できることを実証した生物学者である。当時は生物学者にいじめられた、ひび割れ模様と生物の模様が似ているという「キリンのまだら」理論であったが、その解説によれば数学者や物理学者ではなく、生物学者が「キリンのまだら」理論の真の後継者となったのである。
   内容について見てみよう。ひび割れ模様とキリンのまだらが似ている。スパッゲッティの割れ方と宇宙線の飛来の仕方には同じ統計的性質がある。芝生を横切る近道の発生には法則がある。銛(もり)は尖ったものより平べったい先(平頭銛)の方が水中で直進する。水銀温度計を湯につけると水銀柱の頭は昇るどころか最初下がる。初めて聞くと、それらの話の意外性にびっくりする。
   大学一年生には、このエッセイ集の「物理実験を始める人のために」をぜひ薦めたい。例えば、なぜ実験机にひじをついて測定してはいけないかが書いてある。それは鉄や岩石などの堅いものでも伸びたり曲がったりするからで、机が傾けば測定データが違ってくるからである。測定誤差について議論したあと、都合良い測定データのみを拾い出してはならないと述べられる。なるほど、うまい説得術である。実験ノートの付け方のアドバイスも参考になり、その話を偉大な実験家マイケル・ファラデーのノートの逸話でまとめるところは心憎いばかりである。

*内容があっても書名で損をする書物があるが,この書物は逆である.現代に復刊する意義はひとへに最新の解説子*1にあると思われる.科学は発展する.そこで永久不変な価値を持つ文学と自ずから寿命は違うと考えられるべきである.また,いくつかのエッセイのようなものと「物理実験を始める人のために」に内容が分裂しているのは,著者没後にまとめられたものなので致し方なかろう.そういう思いがあって,数理科学のおもしろさを伝道しなさいという要請には答えられず,何を書いているかわからない文章になった.ちょっぴり愛ある書評を書こうとするからこういうことになる.「きりんのまだら」の逆襲という副題には,復刊,寺田物理学の復権,きりんのまだら理論の復活への憶いを込めてある.

*1近藤滋,科学(岩波書店)vol.67, pp.821-825 (1997).新聞に何度も取り上げられているから今さらであるが,動物の模様でサイエンスしている近藤氏に注目しておこう.